山盛りムール貝 青春の記憶
20年ほど前のことだった。魚売場でムール貝を手に取ったとき、隣にいたオバサンから尋ねられた。「どうやって食べるんですか?」と。ふむ、そういえばムール貝の食べ方って日本じゃ知られていないよね、と思い、簡単に作り方を説明したのだったが、彼女が理解してくれたかどうかは不明。
かくいう私も日本で生まれ育った日本人。フランスに住むまでムール貝なんて見たことも聞いたこともなかった。初めて食べたのは、深皿に山のように盛り上げられたムール貝をただひたすら食べるという料理だったのだが、これがうまかった。
料理名は「ムール・ア・ラ・マリニエール」。なんだか偉そうな名前だけれど、貝を白ワインで蒸しただけの簡単料理である。おそらく海辺に住む人たちがチャチャチャと作って食べていたのではあるまいか。高級料理店ではお目にかかることのない庶民派料理の代表格だ。
私が気に入ったのは味だけではない。安かったからでもある。大量に買い込んでムール貝だけの夕食を何度とったことか。この貝には貧しかったがゆえに楽しかった青春の記憶が染みついているのである。
若者に若いころの貧乏自慢をしていたらムール貝が食べたくなった。夫に言うと、おれもそんな気分だ、と反応。30個ほどムール貝を購入した。簡単料理ではあるけれど、殻の表面を金属タワシで洗うのと、ヒゲのような糸を取り除く作業が意外と面倒。しかし、その処理さえ済んでしまえばラクチンこの上ない料理だ。
ニンニク(1かけ)とタマネギ(半分)をみじん切りする。大鍋にバター(大さじ2)を溶かし、みじん切り野菜をいためる。鍋にムール貝を入れ、白ワイン(50cc)を振りかけてフタをし、ムール貝が開いたら火を止める。味見をして塩、コショウする(多分、塩は不要)。
深皿に盛り、パセリを振って食べるのだが、その作法が面白いので紹介しよう。最初の貝はスプーンか手で食べる。ふたつ目からは空の貝殻を使い、中身を挟んでチャッチャカチャッチャカと食べるのだ。スピーディーに食べた方がおいしい。スープにパンを浸して食べるとおなかがいっぱいになる。
生クリームやトマト、サフランなどを加えてもおいしいので、様々な調理をお試し下され。
出典:読売新聞