手作りチーズの先駆者 クレイル
ときには戦場に赴き、時にはアマゾンの奔流で大魚に挑み、そして美食家でもあった作家・開高健。彼の愛したチーズが、北海道の共和町にあります。クレイルのカマンベールチーズ「カレ」には、開高が記した手紙の複写が同封されています。友人から「カレ」をもらって食べた開高は、その感嘆ぶりをこう綴っています。
「ずいぶん色々な国でチーズを食べてきましたが、これは抜群です」
開高健は、日本人の嗜好を考えるとこれ以上コクがあっても好まれず、ベストの仕上がりというほれ込みようでした。さて、味にうるさい作家をうならせたクレイルのチーズは、どのような歩みをたどったのでしょうか。
オーナー、西村公祐さんは、パリで活躍した地元出身の洋画家、西村計雄氏の息子さん。共和町には、計雄氏の美術館が開設されています。牧歌的な雰囲気の景観の中にたたずむモダンアートの殿堂は、なかなか良い組み合わせです。公祐さんは中学を卒業後、渡仏し、チーズ作りを学びました。乳製品の専門学校に2年間通い、フランスの国家資格も取得しました。さらに国立農学研究所で発酵について7年間も学んで 1 971年、10年ぶりに帰国。75年に西村チーズを創設。77年にクレイルと改名して今に至っています。
クレイルのチーズは、乳酸菌が生きているところが特徴です。本来ナチュラルチーズとは、乳酸菌の生きているものを指しますが、国内では殺菌して販売されているケースが多いとか。乳酸菌が生きているから、整腸作用に優れていて、肌の美容にもよいそうです。一方、添加物は一切使用していません。自然食品そのものです。原料も、黒松内の酪農家の生乳にほれ込んで、トラックで1時間半もかけて引き取りに行っているといいます。まさに厳選した原料と、本場仕込みの製法で作っているこだわりのチーズです。
ちなみに個人として日本で初めてカマンベールチーズを製造したのが、公祐さんとか。当時、大手メーカーでも生産していましたが、まだ日本人になじみが薄くて、その生産量は非常に限られていた時代でした。北海道の手作りチーズの先駆者の一人といえますね。
そのクレイルのチーズを次の時代に伝えようと、長男の公太さんが2004年、東京から戻ってチーズ作りや営業に力を入れて取り組んでいます。東京をはじめ各地で催されるチーズフェアで営業をするため、しょっちゅう飛び回る日々が続いているそうです。そんな若き後継者の活躍を祈りつつ、ワインを用意し、本格派のチーズを味わいながら開高健の「オーパ」でも読みふけるというのはいかがでしょうか。
出典:北海道新聞