シャンパンとスイーツがもたらすα波
昨年以降、スイーツの世界にもその勢いは押し寄せている。シャンパンを置くパティスリーやカフェが増えた。スイーツとシャンパンの組み合わせを推奨する雑誌の特集もしばしば組まれている。
確かに昼下がりのシャンパンとスイーツは悪くない。気持ちに余裕のある午後、カフェでシャンパンを傾けると、明るいうちに入る温泉くらいの解放感がもたらされる。同じアルコールでもシャンパンには昼間から飲むことへの罪悪感がないから、メニューにシャンパンの文字を見ると、ついオーダーしたくなってしまう。
「シャンパンとスイーツ、厳密には合わないんですけどね。合うのは雰囲気だけ。味覚的にはむずかしいですよ」
と言うのは私のワインの先生だ。そうかもしれない。たとえばボンボンとシャンパンを一緒に食べると、互いの味を損なうわけではないけれど、少なくとも交じり合わない。歩み寄らないというか、シャットアウトし合うというか。あるチョコレートメーカーの営業マンは、「ショコラ・テイスティングの合間の飲み物としてシャンパンがいい」と言う。口を洗い、舌をフラットな状態に戻すのに適しているらしい。
わからないではないけれど、シャンパンがもたらしてくれるもの、人がシャンパンに求めるものは、そういうことではないように思う。なんというか、華やぎたいのだ。私が子供の頃、ケーキを食べるのは特別な日だった。お誕生日とか、来客の日とか。今、ケーキはすっかり日常化した。華やぐには、プラス・シャンパンくらいは必要だ。ボンボンをつまむ時にシャンパンがあると、ぐっと気持ちが浮き立つ。紅茶やコーヒーより格段にゴージャスである。
地元フランスでシャンパンにちなんだお菓子と言えば、「ビスキュイ・ド・シャンパーニュ」がよく知られている。「ビスキュイ・ド・ランス」(ランスはシャンパーニュ地方の中心都市)とも呼ばれる伝統菓子で、平たく言えば、ピンク色のフィンガービスケットである。シャンパンに浸して食べる。
マカロンは随分浸透したけれど、ビスキュイ・ド・シャンパーニュはまだまだ。どの程度知られているのだろう、と思ってネット検索してみたところ、ウェディング情報として掲載されているのには驚いた。思ったよりポピュラリティーを勝ち得ているのか?「シャンパンと一緒にふるまうとお洒落」と、演出法として紹介されている。なるほど……。さっそくプリントアウトしていたら、スタッフの一人が「君島がなぜ、ウェディング情報を?」といぶかしがる。余計なお世話ね。私だって、いつか必要になることがあるかもしれないじゃない。
さて、シャンパン・スイーツの代表格をもうひとつご紹介しよう。シャンパントリュフだ。チョコとシャンパンが合うわけじゃないなら、なぜ、シャンパントリュフがあるのだろう、と思わないでもないけれど、実際のところ、これはおいしい。そんなにシャンパンらしさを感じさせるわけではなく、ラム酒やグランマルニエといったリキュール・ボンボンの一緒といっていい味わいだが、ほのかな苦味がショコラとマッチして、優雅でさえある。
そう、人がシャンパンに求めるもの、それは、モーツァルトを聴いた時にたくさん放出されるというα波に類するものに違いない。きっとスイーツがもたらしてくれるものと一緒でもあると、私は思う。
出典:朝日新聞