2008年1月13日日曜日

自然派ワインの先駆者が来日--農薬や化学肥料を排除した"ビオディナミ"とは

自然派ワインの先駆者が来日--農薬や化学肥料を排除した"ビオディナミ"とは

世界12カ国、120の生産者で組織される自然派ワインのグループ「Renaissance des Appellations(ルネッサンス デ アペラシオン)」はこのほど、東京・神楽坂にて60の生産者がブース出展をする試飲会を開催した。ここからは、自然派ワインの先駆者的な存在であるニコラ・ジョリー氏のセミナーも開かれた同試飲会の様子をお伝えしていく。

ジョリー氏は現在、Renaissance des Appellationsの代表を務めており、また1980年に自然派ワインの取り組みをスタートさせた人物でもある。今回の試飲会は1日限定の開催だったが、なんと約1,100人が訪れたという。

試飲会の様子をレポートする前に、自然派ワイン(ビオワイン)について簡単に説明しておこう。自然派ワインとは、狭義に有機栽培されたぶどうからつくられたワインのことである。ジョリー氏は「テクニックを伝えることが大切なのではなく、その原理を理解することが大切」という。

同氏が実践しているのは、「ビオディナミ」と呼ばれる農法だ。1924年にオーストリアのルドルフ・シュタイナー博士によって発表され、その理論は天体の運行が自然界に与える作用や生命のあり方にまで及ぶ。農薬や化学肥料を排除し、動物の堆肥や植物といった自然界にある物質を調合した調剤を散布。土壌の活力を取り戻すとともに、植物の生命力も最大限に発揮させるといった方法だ。しかしこのように説明していくと、非常に難解な印象を与えてしまいそうである。そこでここからはジョリー氏によるセミナーの内容をお伝えするので、ビオディナミに関する理解を深めていってもらいたい。

自然派ワインのぶどう畑を見ると、私は何故かホッとする。そこから自然環境のサイクルを感じ取れるからだろうか。ジョリー氏の畑では、収穫が終わる10月頃から羊を放し、雑草を食べさせている。ジョリー氏は除草剤や化学肥料の使用を一切認めないのだ。「除草剤は、土壌のオーガニズムを殺してしまう。本来は微生物が土壌の力を強めるのに、除草剤がそのプロセスを壊してしまいます」。

次に私たちに見せてくれたのが根っこの写真。「これは除草剤を撒いた土壌の根です。根が途中から下に伸びずに、上に伸びてしまっています。この樹はやがて土壌から栄養を吸収できなくなり、化学肥料に頼るようになってしまうのです」とジョリー氏は解説。化学肥料は塩分が多く、そのために植物が水分を多く吸い上げるようになるとのことだ。生育が早まるので農家にとってはよい話のように思えるが、そのようにして育った植物は病気にかかりやすくなるという。

初めにジョリー氏のことを自然派ワインブームの先駆者的な存在として説明したが、同氏が自然派としての取り組みを始めてから30年近くが経っている。志を同じくする生産者は世界各国にいて、今回のような試飲会は世界各地で開催されている。デンマークでは王室の招待という形で試飲会が開かれているというから驚きだ。Renaissance des Appellationsの予定は2009年まで埋まっているとのこと。これまでは市場が成熟しているヨーロッパやアメリカを訪れることが多かったが、2009年1月には中国やインドを訪問する予定もあるそうだ。

ビオディナミに関してのざっくりとした解説が終わったところで、試飲会場に場所を移そう。会場にはスロベニア、イタリア、スペインからチリ、オーストラリアまで、各国のワインが並んでいる。イタリアの青臭くて芯の残るタイプから、ニュージーランド産でハチミツの余韻が強く感じられるものまである。会場全体を見渡すと、一般参加者以外に生産者も自分のブースを離れて試飲に参加しており、ラフで楽しいムードが漂っていた。

今回の試飲会で私が個人的に一番インパクトがあると感じたのは、ジョリー氏の畑「クレ・ド・セラン」で栽培されたぶとうでつくったワインだった。ジューシーでバランスがよく、豊かな香味が一瞬で体中に浸透していくかのよう。その他の自然派ワインも澱があって濁っていたり、発酵時の炭酸が残っているものもあったりと、どれも非常に個性豊かだった。

会場で様々なワインを試飲しているうちに、原材料であるぶどうに興味を持つようになってきた。そこでジョリー氏に自然派ワインで使われるぶどう品種について質問したら、次のような答えが返ってきた。「自然環境は多様なのだから1つのセパージュ(ぶどう品種)だけにこだわることはない。日本ではもっと『甲州』を活用したらいいんじゃないか」。

ジョリー氏のコメントの中に日本のぶどう品種が出てきたが、日本にももちろん自然派の生産者はいる。彼らがRenaissance des Appellationsに参加することはできるのだろうか。答えは、イエスだ。しかし簡単に参加できるのではなく、今回のような試飲会には出展するためにはまず予選を通過する必要がある。Renaissance des Appellationsで中核となる生産者が試飲をし、3分の1が合格。めでたく試飲会に出品、といったシステムだ。

「私たちはパーフェクトを求めているわけではない。魂、感情、真実があれば合格できる」とジョリー氏。志の問題というわけだが、その前提として彼が「品質憲章」を掲げていることを知っておいてほしい。品質憲章では最低限の条件として除草剤や化学肥料、さらに合成化学剤や吸収性効果剤を使用しないことを掲げ、最大限に成熟したぶどう果実を得るために収穫は機械に頼らない、としている。

今回、日本からの出展は山梨のルミエール ワイナリーのみ。日本には自然派ワインの生産者が北は北海道から南は九州まで各地にいるといわれている。にもかかわらず、あまり表には出てこないように感じる。それは、自然派が農家の間では特殊な存在であるということが挙げられるように思う。自然派ワイン生産者として目立ちすぎると、浮いた存在にもなりかねないのだろう。

Renaissance des Appellationsほどの大きな団体でも、ボルドーで自然派ワインの展示会を行おうとした際には同業者から横槍が入ったそうだ。ジョリー氏は言う。「それでも自然派の活動の火は消せない。ただし、テクニカルなワインも市場から消えることはない。選ぶのは消費者だよ」と。

ジョリー氏は2008年で63歳となる。1日の仕事を終えて、通りの前に腰掛けてシガーで一服しながら通行人と言葉を交わす時間が何よりも好きだという。ジョリー氏の名刺にはこう書かれている。「Nature assistant and not wine maker」。

出典:マイコミジャーナル