2008年1月21日月曜日

怒りに震えた深夜のバグ取り2週間 早朝の赤ワインとステーキで癒やす

怒りに震えた深夜のバグ取り2週間
早朝の赤ワインとステーキで癒やす


 24時間365日,システム保守業務に追われる日々を過ごしてきた筆者だが,完全な昼夜交代の勤務体制で深夜に働いたこと,つまり夜勤の経験はそう多くない。ただ,その限られた経験から言えるのは,夜勤は意外に楽なもの,ということだ。

 通常の勤務体制では,たとえ就寝中でも,何かトラブルが起きると叩き起こされる。ところが昼夜交代の勤務体制なら,夜勤明けの昼間は他の保守要員が出勤しているので,ぐっすり眠れるのである。実際,筆者の勤務先では,決算期など年に2~3週間は夜勤があったが,普段よりも体調が良かったくらいだ。

 しかし,通算4度目のパリ出張で経験した夜勤は最悪だった。出張者は筆者ただ1人。パリ支店のシステムに,日本で開発した追加機能のプログラムをインストールし,確認テストを行って本番リリースすることが使命だった。

 問題は,現地にテスト専用機がなかったので,通常業務が終わってからしか確認テストができなかったことだ。深夜2時から朝6時までのわずか4時間で,本番環境をテスト環境に切り替えて確認テストを実施し,午前6時前には本番環境に戻す。そして,確認テストで発見された問題点を,現地のITベンダーから派遣されたフランス人プログラマに報告する。そのプログラマが昼間のうちに問題点を修正し,再び深夜に筆者が確認テストを行う。その繰り返しである。

 正直きつかった。深夜1時に起きて2時に出勤し,だだっ広いオフィスの一室でただ1人マシンに向かい,確認テストを行う。時間が限られている焦りから,トイレに行く余裕もない。相談する相手も,冗談を聞いてくれる相手もいない。「万一,本番環境を壊したら…」という緊張から,作業は冷や汗ものだ。

 おまけに修正プログラムの出来が悪く,テストが終わる頃にはバク・レポートが山積みになる。翌朝,現地のプログラマに「どうなってんだ,バグだらけじゃないか。今日中に全部直せ!」と怒鳴り散らしても,相手は涼しい顔で「ハイ。オーケーね」などと生返事で,怒りに震える筆者の手からレポートを受け取り,淡々と作業に入る。

 ここで帰りたいのはやまやまだが,プログラマから次々と質問が飛んでくるので,彼が作業を終える夕方5時まで帰れない。それからホテルに戻り,食事をして夜の7時に就寝。また1時に起きる。そんな生活が2週間続いた。バグを作り出した張本人は,筆者の苦労も知らず毎日5時ジャストに帰宅。恋人とのデートを楽しんでいるというから,腹わたが煮えくりかえった。

 さすがに参った。睡眠不足とか体力消耗というより,孤独な深夜の一人作業でモチベーションを保つのが難しかったのだ。ホテルで寝過ごしても誰も起こしてくれないというプレッシャから,熟睡もできない。普段とは違う心理的な疲れが日に日にたまるのが分かった。2週間の出張の後半になると,深夜1時にベッドから身を起こす時,背中の皮がベリベリとはがれる音が聞こえる気がするくらい,身体が重かった。

 それでも何とか予定通りすべてのバグを修復し,無事本番リリースを迎えることができた。使命を果たした筆者の心は充足感に満たされたが,同時にチームで仕事をすることの重要性を改めて実感したのだった。

 すべての作業を終えた徹夜明けの朝,筆者はシャンゼリゼのカフェで独りぼっちのお祝いをした。さわやかな朝の陽射しが筆者を暖かく包み込む。夜勤明けはコーヒーに限ると言う先輩もいたが,この日は特別だ。自分へのご褒美として,赤ワインとステーキを注文した。困難な仕事を終えた後の酒と料理は胃の腑に染みる。その旨さときたら,どんな高級料理もかなうまい。読者諸氏も,仕事を全うした者だけに許されるささやかな贅沢として,徹夜明けのワインとステーキをぜひお試しあれ。


 岩脇 一喜(いわわき かずき)

 1961年生まれ。大阪外国語大学英語科卒業後,富士銀行に入行。99年まで在職。在職中は国際金融業務を支援するシステムの開発・保守に従事。現在はフリーの翻訳家・ライター。2004年4月に「SEの処世術」(洋泉社)を上梓。そのほかの著書に「勝ち組SE・負け組SE」(同),「SEは今夜も眠れない」(同)。近著は「それでも素晴らしいSEの世界」(日経BP社)

出典:ITpro