春の日に英国スコットランド(Scotland)のハイランド(Highland)地方をドライブすれば、無愛想な頑固者も笑顔になる。
起伏する丘やヒースに覆われた山、鮮やかな黄色に染まった菜の花畑などの間を縫ってロシーマウス(Lossiemouth)、クレイゲラヒ(Craigellachie)、ダンケルド(Dunkeld)、ダフタウン(Dufftown)といった静かな村々を結ぶ道路は、車もほとんど通らない。
ところどころ、谷間にちょこんと顔を出す教会の尖塔(せんとう)に似た建物は、ウイスキーの蒸留所だ。スコットランドがウイスキーの聖地であることを、静かに、だがはっきりと示す象徴的な風景だ。
変わらぬ伝統、変わるウイスキー作り
スコットランドの主要輸出品であるウイスキー業界は、ここ数十年で整理統合が進み、現在では大半の蒸留所が大手企業の傘下にある。それでも、スコットランドでウイスキーを作ることは、宗教を敬虔(けいけん)に信じることとほぼ同義だ。
ウイスキー業界を取り巻く最も大きな変化の1つは、スコッチ・ウイスキーのイメージが「葉巻をくわえた男たちが紳士クラブで飲むもの」から離れつつあることだ。
スコットランド初の女性マスターブレンダーの1人、ステファニー・マクレオッド(Stephanie Macleod)さんは「(ウイスキーは)今や米国やアジアでも広く受け入れられているのだから、これまでとはまったく違った風味のウイスキーもいいのでは」と話す。
大手ブランド・デュワーズ(Dewar's)の長い歴史の中で7人しかいないマスターブレンダーでもあるマクレオッドさんは、自ら手がけたウイスキーを描写する時に、ハチミツ、花、バニラ、レモンなど、ウイスキーの「男っぽい」イメージとは結びつかない言葉を使う。「ワインと同様、ウイスキーでも風味の違いを楽しみたいという人が増えている」とマクレオッドさん。
さまざまな樽で熟成、香りを楽しむ
テイン(Tain)郊外の海岸沿いにあるグレンモランジー(Glenmorangie)蒸留所では、スコッチ独特のスモーキーで時に消毒液の匂いにも例えられるピート(泥炭)の香りをほとんど持たないウイスキーを作っている。
ウイスキー作りの責任者を務めるビル・ラムスデン(Bill Lumsden)さんは、バーボン樽やシェリー樽、ブルゴーニュワインのコート・ド・ニュイ(Cote de Nuit)の樽でウイスキーを熟成させる。「オークの香りはいいよ。ブラジリアンチェリーはだめかな。食器洗い洗剤をかけたマジパンみたいな味になる」
樽に使われる木の種類も熟成期間も異なるため、できあがったウイスキーはバラエティーに富み、世界市場の需要は増える一方だ。「年に3-4回はアジアに行ってシンガポール、台湾、中国の顧客に意見を聞く」とラムスデンさん。
このようにして作られるシングルモルトの2大傑作は、グレンリベット(Glenlivet)の16年物「ナデュラ(Nadurra)」とアバフェルディ(Aberfeldy )の21年物だ。前者は、オーク樽で熟成するため(深い琥珀ではなく)金色をしていて、バニラ、ジンジャー、バナナやオレンジピールが前面に漂うドライフルーツの香りがする。後者は、教会を思わせるようなワックスやスパイスの香りとともに、ヒース、ハチミツ、オレンジ、バニラの香りも併せ持つ。
手作りゆえの面白さ、生きる職人魂
スコッチウイスキーが自分たちの愛するものとは別物になってしまうのではないかと心配する愛好者には、アードモア(Ardmore)蒸留所のマスターブレンダーであるロバート・ヒックス(Robert Hicks)さんがとっておきの処方箋を提供してくれる。
ヒックスさんの作るウイスキーは、強いピート香の中にビスケット、洋なし、干し草、クリーム、マーマレードの香りがかすかに存在し、複雑な風味を生み出している。ヒックスさんはこれこそが手作りの面白さだと述べ、ウイスキー業界で最近導入が進む化学分析について、「参考にはなるが、わたしは自分の鼻を信用するね」と胸を張った。
大手企業の傘下でも、ウイスキー業界の職人魂は損なわれることなく生き続けているようだ。
出典:AFPBB News